前立腺手術後の尿失禁治療:人工尿道括約筋
前立腺癌に対する前立腺全摘除後の尿失禁は、患者さんの生活の質(QOL)に大きな影響を与えます。外科的な治療を必要とする尿失禁患者は、全摘除患者の約2~3%に発生するといわれています。本邦では、年間22,000件程度の前立腺全摘除が施行されております。多数の医療機関で手術が施行されているのに比較して、男性尿失禁治療に習熟している医師、医療機関はいまだ少ないのが実情です。全国で苦しんでおられる重症尿失禁の患者さんに、当科では、人工尿道括約筋手術を行っております。現在、パッドやオムツを複数枚常用されている方も、1枚程度またはパッド不要になる可能性があります。

こちらのサイトもご参照ください。(下にスクロールすると、中ほどに操作方法をわかりやすく解説したアニメーション動画があります)
人工尿道括約筋手術は、前立腺手術後の患者さんだけでなく外尿道括約筋機能低下を有する中等度から重度の尿失禁患者すべてが対象となります。尿道に巻きつけたカフを括約筋の代わりとして用いて、陰嚢(女性の場合は陰唇)内のポンプを押すことでカフを弛緩させて排尿を制御します (図参照)。弛緩して開いたカフは2分程度で自然に閉じます。その有効性は極めて高く、尿失禁の程度に関係なく改善すること、尿失禁に対する既治療(コラーゲンほか)の有無や、放射線照射の既往もその効果に影響を与えないという報告も多数あります。しかし、人工物を埋め込む手術ですので、それに伴うリスクもあります。感染や故障、尿道損傷などにより植え込んだ人工括約筋を抜去せざるを得なくなる状況が、一般的には手術直後から5年の間に20-30%程度に生じるとされています。また、このシステムの原理上、失禁が完全に根治せずに、ごく軽度の腹圧性尿失禁(くしゃみや重いものを持つなど下腹に力が入るときに尿失禁が生じること)や、排尿後の尿滴下が残存することは多いのが現状です。
手術を考える時期及び適応
前立腺全摘除後は、多くの方が尿失禁を経験されます。術後、6か月までは急速に改善し、その後はゆるやかに改善または、不変であるとされています。約18~24か月を越えてさらに改善することはほとんどありません。治療としては、最低12か月程度までは、内服治療、骨盤底筋群体操などが行われます。臨床的な改善傾向がみられる限り、保存的な治療を継続すべきであり、この時期に人工尿道括約筋手術を行うことはありません。12か月後の段階で、中等度から高度尿失禁(目安として、一日100グラム以上)の方は、その後急速に改善する可能性は低いので、本手術を視野に入れます。欧米の報告の多くも、治療介入まで3~10年程度経過しているのが実際のようです。 本手術を受けるに当たっては、膀胱や尿道に異常がないことが前提となります。特に前立腺全摘後には尿道狭窄が生じる方が稀ではないので、術前に必ず膀胱尿道鏡検査を行い膀胱、尿道に異常がないことを確認しています。また、陰嚢(女性の場合は陰唇)内に埋め込むポンプを操作する必要があるので、その操作が問題なく行えることも条件になります。
治療の流れ
手術の1-2日前入院にしていただきます。手術は原則として全身麻酔で行い、手術時間の目安は1時間半から2時間程度です。実際には麻酔や覚醒にも時間がかかるので、病室を出てから戻ってくるまで3-4時間程度かかります。手術翌日には、多少の痛みはありますが、歩行ができ、食事も始まります。術後2日目には尿道カテーテルが抜去され、3日目にはシャワーが可能になります。創に感染兆候がないか術後は毎日観察し、特に問題なければ4-7日目に退院となります。 手術直後は人工括約筋を作動させておらず、尿失禁は続いています。手術の影響がほぼ完全になくなる6-8週間後に1泊2日で再度入院し、実際に使用(アクチベーションといいます)し始めます。 本手術は2012年4月より保険診療として認められております。この手術で尿禁制を得られた患者さんの「オムツを全部捨てました」、「旅行にやっといけました」などと語る際の笑顔は、我々にとっても大変励みになります。まずは、ご相談頂ければ幸いです。
受診を希望される方は、よろしければ尿失禁・膀胱子宮脱専門外来(毎週金曜日午後)の予約を取得してください。
人工尿道括約筋植え込み後の経過
論文発表している当科の成績を基に、一般的な経過を説明します(Yokoyama et al. Low Urin Tract Symptoms.2020)。
この手術を受ける方は、術前にはぐっしょり濡れたパッドを1日に何回も交換するような状態であったのが、アクチベーション後には95%の方がほとんど漏れない状態になります。全く漏れなくなる方は多くはなく、多くの方は念の為に1日1枚のパッドを使用しています。残り5%の方は、アクチベーション後も1日に複数枚のパッドを使用していましたが、術前よりは使用パッド枚数は減少していました。
当科で手術を受けた患者さんに回答していただいている質問票(ICIQ-SF、IPSS)では、術前とアクチベーション1か月後で平均を比較すると、尿失禁のスコアは術前の18.9(最高21点 高いほど悪い)から4.5に、排尿状態についての満足度は5.4(5: いやだ、6: とてもいやだ)から1.7(1: 満足、2: ほぼ満足)に有意に改善していました。その後、平均3年の観察期間中に、尿失禁のスコアは年に0.51、排尿状態についての満足度は年に0.19の割合で、わずかとはいえ有意に悪化していました。この傾向はこれまでに他の研究でも示唆されており、長期にわたり人工尿道括約筋により持続的に尿道が圧迫されていると血流が悪くなり尿道が少しずつ萎縮していくことが、尿失禁と満足度を悪化させるメカニズムの一つではないかと考えられています。
一方、尿失禁以外の下部尿路症状(頻尿や排尿困難、残尿感などの排尿に関連する症状)は術前の14.9(最高35点 高いほど悪い)からアクチベーション1か月後には9.0に有意に改善し、その後も悪化することなく維持されていました。人工尿道括約筋植込み後の患者さんでは、蓄尿する際には尿道がしっかり締まっていますが、排尿する際には十分に尿道が開くため、抵抗なく尿を排出できます。前立腺肥大症の方のような排尿時の膀胱への過度な負荷がないため、膀胱の機能が悪化することなく維持されているのではないかと考えられます。
実績(当教室の業績)
論文
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増田 均、木原和徳. 前立腺手術後の尿失禁に対する治療戦略―最近の話題―。泌尿器外科 22(9); 1163-9, 2009.
Yokoyama M, Masuda H, Kihara K. Negative pressure wound therapy for surgical site infection associated with artificial urinary sphincter implantation. Int J Urol. 20(10); 1049-50, 2023. PubMed
Yokoyama M. Editorial Comment to Outcomes of artificial urinary sphincter placement in octogenarians. Int J Urol. 23(5); 423-4, 2016. PubMed
横山みなと.人工尿道括約筋埋込術。泌尿器外科 31 特別号 後期研修医がおさえておきたい泌尿器手術TOP 30 適応判定と周術期管理, 273-80, 2018.
Yokoyama M, Masuda H, Ito M, et al. Longitudinal changes in patient-reported outcomes after artificial urinary sphincter implantation. Low Urin Tract Symptoms. 12(3); 240-244, 2020. PubMed
Waseda Y, Yokoyama M, Toide M, et al. Reparative Surgery of Pressure-Regulating Baloon Hernia after Artificial Urinary Sphinctr Replacement: A Case Report. Nihon Hinyokika Gakkai Zasshi. 112(3); 150-3, 2021. PubMed
Kataoka M, Yokoyama M, Waseda Y, et al. Longitudinal deterioration in lower urinary tract symptoms after artificial urinary sphincter implantation in patients with a history of pelvic radiation therapy. Low Urin Tract Symptoms. 16(1); e12507, 2024.PubMed




